追悼、樹木希林さん、樹木希林さんのこれまでの言動・名言を振り返り終活・死生観を見直してみる

山崎レモンサワー@kanazawasodachi)です。

2018年9月15日、俳優の樹木希林さんが亡くなりました。

敬愛してやまない樹木希林さんの死は、自分はもとより国内中に悲しさ・寂しさにつつまれていると思います。

樹木希林さんは単に俳優としてだけではなく、夫、内田裕也さんとの夫婦関係や、片目の失明やがんという大病に罹ってからの言動で多くの注目をあびました。

そのことあるごとに、発せられる言葉には、ある種、達観、悟りを開いた覚者のような、胸に刺さるひびきがありました。

不安や怒り、恐怖など負の感情に苛まれる、現代人に大きな勇気を与えた、その言動は、単なる俳優を超越した、非常に稀有で貴重な人物であると改めて感じました。

日本にとって大きすぎる存在を亡くしました。まさに巨星堕つといった感じです。

今日は終活・死生観について考えさせられる
樹木希林さんの、これまでの言動について少し紹介していきたいと思います。

例えば、樹木さんは

「がんはありがたい病気。

周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。

ひょっとしたら、この人は来年はいないかもしれないと思ったら、その人との時間は大事でしょう?

そういう意味でがんは面白いのよ」

とおっしゃっています。

世間一般のひとで、このような強い、言葉を発せられる、考えられるひとは、そうはいないでしょう。

こうもおっしゃっています。

「あのね、年をとるっていうのは本当におもしろいもの。

年をとるっていうのは絶対におもしろい現象がいっぱいあるのよ。

だから、若い時には当たり前にできていたものが、できなくなること、ひとつずつをおもしろがってほしいのよ」

ブッダが人間は「生老病死」という苦悩で満たされていると言いましたが、樹木希林さんは、この苦悩を感じない、もしくははねのける強さを持っていました。

本当にすごいことです。

いや、たぶん、感じないというのはないと思います。
つらさを感じたうえで、気丈に前向きにポジティブな考えに変換できる、強さを持っていたのでしょう。

普通の人にはできません。

ただ、この「ポジティブ」な考えに変換する・・・変換できるということは、人の心を強烈に惹きつけるということにつながるという事が、樹木希林さんがいかに周囲のみなさん、国民全体から愛されていたかを考えればわかると思います。

こうもおっしゃっています。

「私は「なんで夫と別れないの」とよく聞かれますが、私にとってはありがたい存在です。

ありがたいというのは漢字で書くと「有難い」、難が有る、と書きます。

人がなぜ生まれたかと言えば、いろんな難を受けながら成熟していくためなんじゃないでしょうか」

逐一、びっくりします。
普通の人はこう前向きに、なかなかとらえられません。
自分もできていません。

でも、こう考えられる樹木希林さんは、世間が思う多くの不条理な状況下においても、幸せを見出していたのではないでしょうか?

ここであげた以外にも、めちゃくちゃ多くの名言を残しています。

すべてを紹介したい・・それほど魅力的な言葉たち

人生で辛い思いをして、へこたれそうになっている人に届いてほしいと切に願います。

本当に大きな人を亡くしました。

本当にこれを書きながら涙が出てきました。
泣いてます。

でも最後に・・・この言葉を

「生命は永遠のものだと思っています。

現在、このように服を着た樹木希林は死ねばそれで終わりですが、

生命というものはずっと続き、またいろいろなきっかけや縁があれば、

次は山田太郎という人間として現れるかもしれない。」

今まで本当にお疲れ様でした。
ご冥福をお祈りいたします。

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